パイサナと呼ばれて

ある日のこと。近くまで利用しようと、ちょうど信号待ちをしていたタクシーに声をかけた。「オラ、パイサナ(同郷の)!どこまでだい?」日系人だろうか、なかなか威勢のいいおっちゃんだった。

最近はずっとアプリタクシーを利用しているので、流しは久しぶりだった。アプリの運転手は若い人が多いせいか、はたまた評価を気にしてか、べらべらと話しかけてくる人は滅多にいない。一方、この時代にあって頑なに流し一筋というドライバーは、だいたい陽気でおしゃべり好き。このおっちゃんも、ひとこと話す度に「な、パイサナ!」ととても親し気だった。

タクシー内での会話といえば、十中八九食べ物についてだ。このおっちゃんも相当な食いしん坊らしく、聞いてもいないのに自分の好物をあれこれと語りだした。特に果物には目がないらしく「マンゴーやバナナもうまいが、チリモヤなんて最高だよ、な、パイサナ!」と超ご機嫌。私もおっちゃんをヨイショしてやろうと考え「それにあなたたち日系人のおかげで、ペルーで美味しいミカンや柿も食べられるしね」と言ってみた。日系人ならワラルのフクダさん一家の存在を知らぬわけはない。

「そうなんだよ、パイサナ。分かってるじゃないか!」というおっちゃんの相槌を待ったが、なぜか反応が鈍い。その上、少し戸惑いながら「ミカンと柿?日系人が育てた?」と尋ねてくるではないか。もしかしておっちゃん・・・「そう、俺はperuano chino(中国系ペルー人)だよ」がーん!

しまった、余計な事をした。さっきまで「パイサナ!」と嬉しそうに話していたおっちゃんのトーンががくんと落ちてしまったではないか。ならば中国系ペルー人をヨイショすべしと、慌てて「チーファもおいしいよね!」と言ってみた。ははは、何のフォローにもなりゃしない。

ところがどっこい。やっぱり食べ物の話が好きなのだろう、今度はチーファ談義が始まった。「サルタード(炒め物)は強火じゃなきゃな、な、パイサナ!」「うんうん、強火ね!でもうちのコンロじゃ、そんなに火力ないんだよね~」「なんだって、パイサナ!コンロのバーナーを変えてないのか?」「え?買った時のままだけど?」「なんてこった、パイサナ!そこいらの鍛冶屋に頼めばすぐだってのに。俺たちの家はみんな強化コンロだぜ。Wokだぜ!(中華鍋を使って強火で手早く調理すること)」そうか、やっぱり火力が命か。でもエセ・パイサナの私としては、下手な工事をして火事やガス漏れを起こすほうがよほど怖いのだよ。

「パイサナ、サルサ・アグリドゥルセ(甘酸っぱいソース)って知ってるか?これがまたうまいんだ!」私の反応を見ることもなく、一人でしゃべり続けるおっちゃん。「サルサ・デ・トマテ(トマトソース)に酢を混ぜてな、火にかけながら混ぜるんだ。よーっく混ぜてから砂糖を加えてな。で、また、よーっく混ぜるんだ」「それ、何に使うの?」「おいおい、知らないのかい?なんてこった、パイサナ!ワンタン・フリートにつけて食べるだろう。タマリンドソースってんだ!」いや、それ、タマリンドじゃないし!

突っ込む間もなく目的地に到着。 おっちゃんは「パイサナー、ケチュップはダメだぜー!」 との言葉を残し去っていった。

パイサナ(同郷の)と連呼された春の午後。普段まったく食べないワンタン・フリートを無性に食べたくなったのは言うまでもない。

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