大地のリズム アフロペルーのダンスとは

アフリカ系ペルー人の伝統や習慣、歴史を音楽とダンスで表現する民族舞踊は、ペルーにおける多文化アイデンティティの構築に大きく貢献してきました。

16世紀、奴隷として強制的にペルーの地を踏んだアフリカ系の人々は、音楽とダンスを始めとする民族の文化的遺産を失うことなく、新しい習慣に順応していきました。その後、欧州やペルー先住民の文化との交雑を経てアフロペルー(アフリカ系ペルー人)のダンスが生まれ、彼らのアイデンティティと社会的統合のシンボルになりました。

それでは、代表的なアフロペルーダンスを紹介していきましょう。

Festejo(フェステホ)

フェステホは祝祭をテーマにしたダンスで、スペイン植民地時代に誕生したアフロペルーの最も古い踊りのひとつです。当初は自由な振り付けで男性のみが踊っていましたが、やがてエロティシズム漂う男女ペアの求愛ダンスへと変化していきました。

「アルカトラス」や「インガ」など、フェステホは様々な振り付けやスタイルを持つダンスであり、ギターやカホン、キハーダ(ロバの顎の骨)、手拍子が奏でる豊かなリズムの一端は、バントゥー語やヨルバ語のグループとともにアフリカから奴隷として来秘したコンゴ民族に由来すると言われています。

YouTube参考動画: https://youtu.be/cf3zWh9uOeA

Landó(ランド)

リマ州のカニェテとイカ州のチンチャに伝わる祝祭の踊り「ランド」は、19世紀末から20世紀初頭にかけて誕生しました。主にカホンとクレオールギターの伴奏による非常に複雑なリズムのダンスで、エプロン姿の女性たちが裸足で踊り、洗濯などの日常的な仕草を表現します。

宣教師で民族音楽学者でもあるペルー人、ニコメデス・サンタ・クルス(1925-1992)によると、「ランド」はアンゴラの舞踊「オンドゥー(ondú)」由来の単語のようですし、また、ブラジルのダンス「ルンドゥー(Lundú)」が元になったとも言われています。1960年代に入ると「サンバ・マラト」という歌が流行り、これをニコメデスがアレンジして、自身のバンド「クマナナ」と共にリマで収録しました。それ以来、多くのダンスグループがこの曲の振り付けを再現しています。

YouTube参考動画: https://youtu.be/hNpVxI2NXtc

Zamacueca(サマクエッカ)

マリネラの前身となるアフロペルーのダンスで、19世紀末から20世紀初頭にかけラ・パンパ・デ・アマンカエスの祭りで踊られていました。

サマクエッカは求愛のダンスで、黎明期にはその大胆で官能的な振り付けが元で非難されました。1970年代、伝統主義の画家パンチョ・フィエロの水彩画に描かれた衣装や、アルゼンチンの音楽研究者カルロス・ベガの文献を参考にして、歌手ビクトリア・サンタクルスがこの踊りを再現しました。現在では土着のサマクエッカに代わり、興行向けにアレンジされものが一般的です。

YouTube参考動画: https://youtu.be/yhx5NvoUEoM

Zapateo(サパテオ)

アフロペルーの楽器であるカホンとクレオールギターのリズムにあわせ、ダンサーが競い合うペルーのザパテオ。アフリカのダンスが起源で、メジャーサパテオとマイナーサパテオに分類されます。ギタリストのビセンテ・バスケスは、父ポルフィリオ・バスケスの研究を踏襲し、サパテオの主要なメロディーを採録しました。

サパテオの競技ではダンサーに厳正なルールが課せられ、参加者には長時間の練習と多くの技術が求められます。

YouTube参考動画: https://youtu.be/XDQ7sPEG9r0

国家文化遺産

ペルー国家の文化的アイデンティティへの貢献が認められ、以下のアフロペルーダンスが国家文化遺産に指定されています。

Hatajo de Negritos(アタホ・デ・ネグリートス)

男性のみによる音楽と踊りが特徴で、イカ州のチンチャを中心にクリスマス行事の一環として行われるダンスです。2012年6月7日に国家文化遺産に指定されました。

サパテオをベースにしたこの踊りは、スペインのバイオリンやギターによる伴奏と歌で構成され、アンデスの音階を彷彿とさせる音色と共にアフリカ由来のリズムパターンが再現されています。

アタホ・デ・ネグリートスは、「カポラル(リーダー)」の率いる一団が集落や通りを練り歩き、お祭り騒ぎに興じる踊りです。踊り手は全員、かつてのアフリカ系住民である奴隷を象徴する白い衣装を身にまとい、リボンのついた鐘を手に、サパテオのリズムに合わせて歌いながら行進します。新たな参加者には“聖水”による洗礼が待ち受けています。

祭りの間、男性陣は鐘とは別に、鈴のついたカラフルなチコティージョ(奴隷の鎖)を携え、奴隷の衣装と華やかなサッシュを身に着けます。2019年12月12日、ユネスコはこのダンスを無形文化遺産に認定しました。

Las Pallitas(ラス・パジータス)

前述の「アタホ・デ・ネグリートス」同様、クリスマスを祝うためのダンスで、2012年6月7日に国家文化遺産の指定を受けました。

ケチュア語で乙女や羊飼いの少女を意味する「ラス・パジータス」は、「白百合(azucenas)」と呼ばれる色とりどりの杖を手に持ち、ステップと歌を交互に繰り返しながら練り歩く踊りです。乙女たちは明るい色のドレスを着てチュール生地のベールをかぶります。行列の伴奏はギターのみで、その音は喜びや優しさを表現しています。

このダンスはイカ州のチンチャ以外でも、カラフルな衣装に華やかな絹織りのサッシュやスパンコール、羽根のついた帽子やターバンを身に着けた一団によって、ワラル(リマ州)を始めとする太平洋岸のいくつかの街で踊られています。

ラス・パジータスとアタホ・デ・ネグリートスは、どちらもキリストの誕生を祝う12月24日にスタートし、東方の三賢者の日である1月6日まで続きます。

この2種類のダンスはそれぞれユネスコの無形文化遺産に登録されています。歴史的な背景としては、キリストの降誕場面(nacimiento)における踊りや歌という伝統的な習慣が挙げられます。この習慣はスペイン発祥で、17世紀以降ペルーに定着したものです。

Negritos de Huánuco(ネグリートス・デ・ワヌコ)

このダンスはアンデス地方全体に広く伝わる踊りの特殊なバリエーションであり、奴隷制度や隷従、異教徒たる入植者の肖像、奴隷からの解放といった非常に多様なモチーフがその表現に織り込まれていることから、2021年7月にペルーの国家文化遺産に指定されました。

アンデスの歴史と社会に関する一貫した歩みやビジョンの形成、視覚、音楽、舞踊の華やかさを通じたこの上ない宗教的献身の表現、これらすべてがワヌコ地方のアイデンティティを象徴するものとなっています。ネグリートス・デ・ワヌコはクリスマスに行われ、翌年の1月19日まで続きます。

この踊りの民俗的なイメージはスペイン植民地時代に生まれたと伝えられていますが、アプロペルーの奴隷解放が宣言された共和国時代に端を発するという説もあります。雇い主からの解放という大変意義のある出来事に対し、元奴隷たちが幼子イエスへの感謝を込めてこの文化的表現を創造したのです。

時が経つにつれワヌコからアフリカ系の住民が姿を消し、代わりに仮面をつけたメスティソ(スペイン人と先住民の子孫)がこの伝統を引き継いでいます。

現在のネグリートス・デ・ワヌコは一人のリーダーが率いる2列の踊り手がリズムに合わせて行進し、その後には「ネグリートス・デ・パンパ」と呼ばれる他のメンバーが続きます。やがて広場などの目的地にたどり着くと、リーダーを中心に様々な踊りが繰り広げられます。

Negritos de Chavín de Huántar(ネグリートス・デ・チャビン・デ・ワンタル)

アンカシュ州ワリ郡のチャビン・デ・ワンタル地区が起源のこのダンスは、その文化的な表現が地域における伝統意識の普及に貢献していること、ならびに郷土色の濃い内容から、集団的アイデンティティの強化および旧習の世代間継承に重要な役割を果たしているとして、2022年12月28日に国家文化遺産の指定を受けました。

地域の言い伝えによると、この踊りは1940年代から1950年代にかけて誕生したもので、アフロペルーのダンスが披露されていたアンカシュ州やワヌコ州の他地域の宗教的祭典に列席した地元の名士たちが、アフリカ系住民の熱意と信仰心に打たれ、歴史あるチャビン・デ・ワンタルの村に踊り手の一団を創設することを推進したのがきっかけと言われています。

この踊りは長い年月を経て都市部の敬虔な人々の興味を引くようになり、その精神は村の住民全体に深く根付き、彼ら自身の典礼を始め一般的な祝祭にも積極的に取り入れられるようになったのです。

ネグリートス・デ・チャビン・デ・ワンタルの踊り手たちは、揃いの衣装やアクセサリー、ステップが特徴とされています。それぞれがつばのついた白い帽子をかぶり、その帽子にはペルー人の心を象徴する鮮やかな紅白のリボンや、花束(現在は造花)がつけられています。背中には、白を基調とする手縫いの刺繍が施された三角形の肩当てを背負います。

また、踊り手は革製の黒いマスクをつけます。このマスクは、スペイン植民地時代に奴隷としてアンデス山間部に連れてこられたアフリカ系住民の外見を表現しています。

Morenada(モレナーダ)

ペルー文化省は2021年5月7日、主として聖体祭やアンデス高地における守護聖人の祭典で演じられる、プーノ州の「モレナーダ」、「レイ・モレーノ」、および「レイ・カポラル」の踊りを国家文化遺産に指定しました。

これは、プーノ地方の都市部におけるメスティソ系住民にとって、文化・祝典・宗教的アイデンティティを示す重要なダンスであり、さらにこの踊りがプーノの文化や芸術を伝える「地方大使」として認識されていることを考慮したものです。

また、モレナーダを踊るそれぞれのグループは、家族や地域のつながりを深め集団的アイデンティティを再確認する場でもあり、現代におけるプーノ都市部の社会的・文化的な活力がそこに映し出されていると言えます。

これらのグループは、振り付けの中で重要視される中心的なキャラクターの違いにより、モレナーダ、レイ・モレーノ、レイ・カポラルの3つに分類されます。すなわち、「モレーノ」が目立つグループはモレナーダと呼ばれ、アフリカ人の特徴を誇張したマスクを着け「ムーア人の王」に扮したキャラクターが率いるグループはレイ・モレーノと呼ばれるのです。

なお、アンデス高地の住民が使う「モレーノ」という単語は、スペイン植民地時代にプーノ地方の別荘地や農園で働いていたアフリカ人奴隷のことを指しています。

Negritos de Ingenio(ネグリートス・デ・インヘニオ)

ペルー文化省は2018年11月16日、フニン州ワンカヨ郡インヘニオ地区のダンス「ネグリートス・デ・インヘニオ」を国家文化遺産に指定しました。

この踊りは、地域住民の間で行われてきた文化的交流を表現しており、幼子イエスを讃える祭典を中心とした社会組織に由来する記憶と文化を継承し、地域のアイデンティティ強化につながるものと言えます。現在は、パウラン谷における文化的習慣の交流と地域への順応の過程を描写したダンスが、毎年1月の第1週に披露されています。

サパテオで幼子イエスを讃えるこの祭りは、踊り手の衣装に特徴があります。1927年にはロス・ネグロス民俗学協会が、その後1993年にはロス・ネグリートス・デ・インヘニオ文化協会が設立されました。

Negritos del Suroeste de Huaytará(ワイタラ郡南西部のネグリートス)

ペルー文化省は2018年2月21日、ワンカベリカ州ワイタラ郡アヤビ、タンボ、サンティアゴ・デ・チョコルボス、サント・ドミンゴ・デ・カピージャス、サン・フランシスコ・デ・サンガヤイコ、サン・イシドロ地区における「ワイタラ郡南西部のネグリートスの踊り」を国家文化遺産に指定しました。

この踊りが、地域における複雑な歴史の証言者たる民衆の信仰心に関する文化的な表現であること、多様な集団の間で文化が統合された例であること、奴隷にされた人々の歴史をアンデス住民の視点から想起させるものであること、地域のアイデンティティと住民の集団的な記憶を明確にするものであることが前述の指定の理由となっています。

また、公布された規範の前文には、この踊りがスペイン、アンデス、太平洋岸各文化の深いつながりを反映した歴史的な事実を表現し、カトリックの信仰心と密接に関係していると記されています。

さらに、このダンスは、アンデス山間部で行われていたワイリアの踊りと、太平洋沿岸部のネグリートスの踊りが融合したもので、その担い手たちは双方の踊りの表現を取り入れた上で独自の個性を加え、これにより地域特有の文化的な表現を創り上げたとされています。

Negrería de Huayllay(ネグレリア・デ・ワイリャイ)

ペルー文化省は2013年10月18日、ペルー先住民やアフリカ、スペイン由来の文化的な伝統が融合し、民衆の信仰心と集団的記憶を継承する歴史的価値および象徴性の高い文化表現として、ネグレリア・デ・ワイリャイの踊りを国家文化遺産に指定しました。

Negros de Malvas(ネグロス・デ・マルバス)

アンカシュ州ワルメイ郡発祥のこのダンスは、その豊かな美しさや創造性、遊び心や知名度が地域住民の文化的なアイデンティティを象徴しているとして、2013年3月19日に国家文化遺産の指定を受けました。

このダンスは、アンカシュ州ワルメイ郡のマルバス地区でクリスマスの祝祭中に行われ、祭りの運営を担う「役人」または「プロメソス」と呼ばれる人々によって演じられています。

Negrillos de Andahuaylas(ネグリートス・デ・アンダワイラス)

「クアドリージャ・デ・ネグリートス」としても知られるこのダンスは、2012年12月12日に国家文化遺産の指定を受けました。アプリマック州アンダワイラス郡のクリスマスの祝祭で、幼子イエスを讃えて演じられる踊りです。

キリスト教徒による礼拝の儀式におけるアフロペルーの奴隷を表現した踊りで、色とりどりの正装に身を包み、優雅で軽快なダンスが披露されます。アンデス地方全域で演じられている文化的な表現の地域的かつ独創的なアレンジと考えられ、アプリマック州内に広く根付いています。

Negritos de Hayllán(ネグリートス・デ・アイリャン)

2009年2月27日、アフロペルーの奴隷たちがクリスマスにキリストの誕生を祝うアンカシュ州ワルメイ郡のダンス「ロス・ネグリートス・デ・アイリャン」は、公式に国家文化遺産の指定を受けました。

幼子イエスを讃える詩句を始め、地元の女性や自治体に捧げる詩など、彼らの聖歌では大衆的な詩が披露されています。また、その振り付けや音楽の独創性、担い手のアイデンティティが反映された内容は、国の無形文化遺産にふさわしい文化的な表現と考えられています。

Chacranegro de San Francisco de Mosca(チャクラネグロ・デ・サン・フランシスコ・デ・モスカ)

ワヌコ州アンボ郡サンフランシスコ地区のこのダンスは、クリスマスや新年、およびバラーヨ(varayoc)として知られる伝統的な権力者の交代式典において、幼子イエスの像を敬う総合的な典礼の一部を担う踊りとして、2023年4月26日に国家文化遺産の指定を受けました。

この踊りは、地域に古くから伝わる権威制度や伝統知識の継承、社会的な結束の強化やサン・フランシスコ・デ・モスカ村住民の文化的アイデンティティと深くかかわっています。ちなみに、典礼の名にも冠されているチャクラネグロとは、儀式の要となるキャラクターの名称です。

労働と知恵を象徴するメスティソの長老をモチーフにしたチャクラネグロの踊りは、農村における男性の農作業を象徴したものです。この地域のアフリカ系住民がかつて行っていた畑作業が発端となり、様々なネグリートスのダンスが生まれたという説もあるようです。

この典礼では、ダンス、音楽、宗教性、儀式性、美食や社会組織に見られるいにしえの文化的慣習が高く評価されています。

(ソース: Andina 13/06/23)