第5回:Mistura/ミストゥーラ

ペルーでとれる豊富な海や山の幸。それらを日々提供してくれる漁師や農民、そして最高の一品に仕上げてくれる料理人。我々は、我々が誇りとするペルー料理という名の輪を通じてみな繋がっている。そう、ペルー料理は我々をひとつにしてくれるのだ。「Nuestra comida nos une」― 料理でひとつに―。

Cristal Mistura 2012 Edition

これは当地期間限定発売のビール缶に記されているメッセージだ。ポップなデザインとは裏腹に、なんとも奥深い想いが込められているではないか。ペルー人のペルー料理に対する思慕の情は嫌と言うほど分かっているつもりだったが、こうビール缶にまで書かれては、お見逸れしましたと言うほかない。

Mistura 2012 - La Entrada del Gran Tenedor

このビールはリマで毎年9月に行われるラテンアメリカ最大の美食祭り、「Mistura (ミストゥーラ)」の開催に合わせて発売されたものだ。ミストゥーラではペルー全国の名店の味が安価で楽しめるだけでなく、国内外の一流シェフを招き、講演会や料理の実演、コンクールなども行われるため、若き料理人にとっては世界の技と知識に触れる貴重なチャンスとなっている。

キヌア

また、毎年ペルー原産の作物を取り上げており、今年はキヌアやキウィチャなどアンデス原産の雑穀がピックアップされた。2013年には国際キヌア年を迎えるため、これは当然の選択とも言えるだろう。今では海外からこの時期に合わせグルメツアーが催行されるなど、旅行サービス業界をも巻き込む巨大イベントに成長したミストゥーラ。今年は60万人を超える人出が予想されており、その経済効果は計り知れない。

El Campo de Marte

ところが、この国際イベントに今年初めて否定的な声があがった。主催者がこれまでの場所では手狭で来場者を収容しきれないと判断、今回はリマ市内のより大きな公園に会場を移すことになった。しかし会場設置のために公園の樹木が切り倒されたとして、市民グループが抗議行動を起こしたのだ。ペルーグルメ界の重鎮ガストン・アクリオは、「どんなイベントよりも1本の木のほうが大切だ」とコメントし、主催者側も「昔からの大木は伐採しないし、イベント終了後は緑地も元に戻す」と事態の収拾に追われた。拡大する一方のグルメイベントの在り方に一石を投じた、象徴的な出来事であったように思う。

Baile de Mistura

ここ数年、人々はグルメと名がつくだけで喜んで受け入れ、無条件に支持してきた。しかし、ただ美味しいものを食べるだけでは、いくら食いしん坊のペルー人たちでもそのうち飽きてしまうだろう。今やペルー人の大切なアイデンティティとなったペルー料理を、この先如何に育み未来に伝えていくか。その牽引役であるミストゥーラは今、正念場を迎えつつある。

  • ミストゥーラ:2009年から毎年9月に開催されているラテンアメリカ最大のグルメフェスティバルで、2012年の開催期間は9月7日~16日。2008年の「ペルー・ムーチョ・グスト」が前身。カリスマシェフ、ガストン・アクリオやその仲間たちにより、食を通じてペルーの素晴らしさを再確認しようという試みから始まった。
Queque de Mistura

毎年欠かさず初日に参加しているミストゥーラ。「取材」と称してはあれを食べこれを買い、見事に主催者側の目論みにハマっている。かつてペルー人自身がまだあまり気付いていなかったこの国の食文化の素晴らしさを、誰にでも分かる形で再確認させてくれたミストゥーラ。年々商業的側面が強くなることに不安を覚えるが、それでも応援し続けたいイベントである。

※この投稿は、海外在住メディア広場のコラム「地球はとっても丸い」に2012年9月21日付で掲載された記事を再構成したものです。文中の日時や登場人物等が現在とは異なる場合がありますのでご了承下さい。