それ程悪くはない、そんな夜。

先日、久しぶりにソーキそばを食べた。ソーキそばと沖縄そばの違いは、メインの具である肉の部位が骨付きスペアリブか三枚バラかだそうだ。ってことは、これは沖縄そば?昆布だしの旨みが少々足りないとは思ったが、こうした料理が普通に食べられるのは日系移民のおかげ。ありがたや、ありがたや。「和味日本料理」の箸袋もイキな、ほっとするお味でした。

とあるコンサートに出かけた時のこと。開演予定30分ほど前の、19時すぎに現地到着。会場の外にはすでに長蛇の列ができていた。

この日のコンサートはチャリティーだったため、入場無料だった。無料と聞くと何やらとてもいいように思うが、実はそんなことはない。この国には「前もって予定を組む」ことが苦手なくせに「その場その場の対応は得意」という人が多く、その対応力は「無料」となった途端、俄然パワーアップするからだ。この日も、「ねぇ、この列っていったい何?」「●●のコンサートだよ」「へぇ、いくら?」「タダさ」「ホント?いいわねー、じゃあ私も並ぼうかしら」なんて軽い感じで列に並ぶ人が何人かいた。こんな時間にフラフラして、無料だからという理由で突然列に並ぶって、どれだけ暇なんざんしょ。お金を払ってでも聞きたかった私は、「暇つぶしなら、頼むから帰ってくれー」と思わずにはいられなかった。

私の前後には、①母親と大学生くらいの息子 ②母親と娘2人(うち1人は障害あり)③私達 ④白いオバサマ3人組み が並んでいた。

開演予定時間が過ぎたころにやっと開場したらしく、列が進み始めた。しかし途中からほとんど動かなくなり、みんなイライラし始めた。「ちょっと、なんで進まないのかしら」「もう始まったの?まだなの?」主催者側からのインフォメーションはなく、時間だけが過ぎていく。

どこからともなくやってきた若いカップルが、①の息子君に話しかけた。そこを通りがかったら偶然友達を見つけた、という感じだったのだろう。しかしその場でおしゃべりを始めた彼らに、④のオバサマたちが食って掛かった。「ちょっと、あんたたち、ちゃんと列に並びなさいよ。割り込みは許さないわよ!」

何食わぬ顔をしていつの間にか列に割り込む、という輩は本当に多いから、オバサマたちの抗議も当然といえば当然だ。しかし「大丈夫ですよ。彼らはここで話してるだけで列には加わりませんから」と①の母親が説明したにも関わらず、「だったらあっちで話しなさいよ。そう言って割り込むのがペルー人なんだから!」としつこく食い下がるのには、ちょっと辟易してしまった。心に余裕のない人たち。過去に余程いやな思い出でもあるのだろう。

しばらくの後。

今度は①の母親が②の母親に何か話しかけていた。どうやら日本でいうところの障害者手帳を持っていないのか、と聞いているようだ。「もし手帳があるなら、あなたたちはここに並ぶ必要はないのよ。これは法に定められたあなたの娘さんの権利なの。もちろん付き添いも同じ。心配ならこの場所は確保しておいてあげるから、前に行ってきなさいな」

自分の番が来るかどうかさえ危うい時に、自分より後ろにいる人を優先させるなど、できそうでなかなかできる事ではない。ましてや階層社会のこの国で、明らかに違うクラスの母娘の状況を心配し、分かりやすい言葉で説明してあげるその様子に、私の目は釘づけになった。

すでに開演となっていたため結果的に優先してもらえなかった③の母娘だが、「これまで誰もそういうことを教えてくれなかった。いつも大変だったけど、これからは先に手帳を見せてみるよ」と、娘を抱えながら嬉しそうに話していた。

大幅に遅れた開演の30分後、定員オーバーでコンサート会場に入れなかった人たちのために、主催者側がスクリーンを設置した別会場を用意してくれた。ありがたいとは思ったものの、ライブで聴きたい類の音楽だったため物足りず、早々に会場を出てきてしまった。

待ち時間1時間45分、拝聴2曲。身体的には疲れたけど、それほど悪い気分ではなかった。