また空いてしまった・・・ チャチャポヤス 5日目
前日飲み過ぎたが、上等ベッドのおかげで気持ちよく眠れたからだろう、酔いも残らずすっきりと起きることができた。このベッドで眠るためだけにまた来てもいいと思うほど心地よい。素晴らしい!
チェックアウトをして荷物を預け、運転手さんを少し待たせて村を散策した。お土産屋さん・・・買いたいものがなくて困った。アンデスイワドリのキーホルダーを無理やり購入。今度来た時は、もう少し進化していることを願う。
ゴクタの滝をバックに。レイメバンバ博物館で買ったファルド(ミイラ包み)とクエラップで買ったカラヒアの石棺。お気に入り。
★★★★★★★★★★
この日私たちをロッジに迎えに来てくれたのは、フリオ・ディアスさん、38歳。明るく気さくな彼は、旅行者と触れ合える運転手という仕事が大好きだと言っていた。
フリオは今日、チャチャポヤスから私たちを迎えに来たという。「じゃあ、あなたはチャチャに住んでるのね」と言ったら、「いえ、チャチャにも小さな家を借りてますが、私の村はすぐそこですよ」と。
しかし「村」と言われたその場所には、粗末なアドベの家が数件建っているだけだった。幹線道路の両側のわずかな土地を埋めるように建つ家々。思わず「いや、これは”村”じゃなくて、”不法占拠”って言うんでしょ?」と言いそうになったほどだ。
そこに、一軒の「ペルー的ドライブイン」があった。竹で囲った”オープンテラス”に、プラスチックの机と椅子を並べ、粗末なエステラ(むしろ)でひさしを付けただけの小さな食堂。その食堂の前に停車したフリオは、「ここが私の家です」と教えてくれた。中から奥さんと子供が出てきて、はにかみながらこちらに小さく手を振ってくれた。
もう随分昔のこと。この幹線道路を通すための大がかりな公共事業に、フリオのおじいさんが土木作業員として参加したのだそうだ。そして当時は、チャチャポヤスからちょうどこの”村”のある辺りが終点だったという。
「ここは空気もきれいだし、犯罪もない。水は山の湧水を引いてくればいいし、近くに水力発電所があるから、電気もなんとかなるだろう。よし、ここに住もう。ワシら家族の住む村をここに造ろう。」
そう決断したおじいさんは、家族を連れてこの「道路沿いの村」を創ったのだそうだ。
フリオや彼の兄弟姉妹はここで生まれ育ち、それぞれが伴侶を迎えた後も、皆ここに暮らしているそうだ。みんなで力を合わせて山から水を引き、川辺のわずかな土地で畑仕事をし、みんなで子供を育ててきた。さすがに学校はないから、子供たちはチャチャポヤスにいるという。でも週末にはこの村に戻ってきて、家族と一緒に暮らすと言っていた。
その笑顔には一点の曇りもなかった。彼は本当にこの村の暮らしに満足しているようだった。仕事で出会う旅行者から外の世界の話を聞き、便利で豊かな生活があることを知りながら、それでも「自分には何もないけど、でも幸せだ」と言いきってしまえる。いやー、それって結構カッコいいことだよ!
ちなみにおじいさんは現在98歳、現役バリバリで畑仕事をしているという。ストレスとは無縁の世界で、毎日畑仕事をしてるから元気なのかな。ちょっとくらいの病気だったら、その辺の薬草とかで治療しちゃうそうだもんな。
ペルー人のこういう行動力にはいつも驚かされる。まったくもって逞しい、逞し過ぎていつも唖然とする。この逞しさが「Invasion/インバシオン・不法占拠」の原動力になっていて、都会じゃこれが結構大問題だったりするんだけど、まー、こんな場所、土地の登記やら固定資産税なんて別世界の話だもんね。
日本で聞いたら「ありえねー!」と思うような話も、ここで聞くとなんだかすっと腑に落ちてしまう。まさにペルーマジック。たまらん、こういうの、大好きだ。