映画 Wiñaypacha(ウィニャイパチャ)

映画「Wiñaypacha(ウィニャイパチャ)」を鑑賞した。ペルー南部からボリビアにかけて広がるアルティプラーノに暮らす老夫婦の、穏やかで悲しい日常を捉えたものだ。万年雪に覆われた峻険な山々、イチュや僅かな高山植物しか生えない荒れた岩場。標高5000mという不毛の大地に暮らすWillka(ウィルカ)とPhaxsi(パクシ)は、大自然の容赦ない仕打ちに翻弄されながら淡々と生きる。

この映画はペルー初、アイマラ語話者によるアイマラ語だけの長編映画だ。スペイン語の字幕が付くが、その語彙は驚くほどシンプル。しかも話が進むうちに、字幕を読まずともおおよその会話が理解できる(ような気になる)。それは言葉とその行動に乖離がないから。生きることに必要な会話をし、取るべき行動を取る。妻がウィルカの名を呼ぶと、夫は「ヨー」と短く答える。何とも言えぬリズム。物悲しいのに心地よい。

夫婦の一人息子Antuku(アントゥク)は、両親を捨てて町へ出てしまった。どんな僻地の子供にも、スペイン語教育がなされる時代。山を捨て、親を捨て、アイマラ語を捨てた息子の帰りをひたすら待つ2人の姿に、弱者を切り捨てる現代社会を重ねた人もいるだろう。でも誰が息子を責められよう?あんな過酷な環境で生きろというほうが無理だ。これは想像(いや、ただの希望か)だが、息子はきっと山を下りるよう両親を説得したに違いない。でも大地の女神パチャママと先祖の魂に寄り添って生きてきた人間にとって、町のほうが恐ろしいのだろう。誰が悪いわけでもない。そういう人生が21世紀の今もペルーにあるというだけ。

その突然の幕引きに、観客の誰もが驚いたろう。何とも言えない重苦しさと、言葉にできない妙な安堵感。それは恐らく悲惨な結末を見ずに済んだからに違いない。私もそうだ。なのにパクシが息子の幼いころのセーターを荷物に入れた時、心の中に小さな明かりが灯ったように感じた。あの歳で山を越えられるとは到底思えない。でも彼女は生きる道を選んだのだ。なんて逞しいのだろう。人間って本当にすごい。

本当にお薦めです。皆様も機会があればぜひ。

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