神様、どうか私に光を

今日はViernes Santo、聖金曜日。イエス・キリストが磔にされた日。

敬虔なカトリック信者は祈りを捧げるために教会へ向かい、そうでない人々は過ぎゆく夏を惜しむべく、せっせとPlaya(浜辺)へ足を運ぶ。

いずれにせよ、街中はとても静か。交通量もぐっと少なくて、空気がきれいなのが嬉しい。

午後、Barrancoにて友達とお茶Time。「Piña y Uva(パイナップルとブドウ)」という珍しい組み合わせがあったので注文してみた。味はパイナップル、でもブドウの香り・・・というか皮の味もちょっとするかな?でもなかなかGoodな組み合わせ。今度家でも試してみよう。

ここでちょいとおトイレ休憩。二つ並んでいた個室の片側に入った。もそもそと用事を済ませていたら、人が入ってくる気配がした。声からするに、子供とその母親のようだ。小さな子供に付き添って来たのだろう。

次の瞬間、私が入っていた個室の照明が「パチンッ」と消えた。いや、消えたのではない、そのセニョーラが間違って消したのだ。

このトイレ、二つ並んだ個室と個室の間にそれぞれの照明スイッチが並んであった。セニョーラは子供のために電気を付けようとスイッチを押したのだろうけど、二つ並んでいたもんだから、思わず両方触ってしまったに違いない。

ほーんと、こういう時のペルー人って驚くほど不注意だ。自分の手がどこを触ったか、何にふれたのかなんてなーんにも見てないし、なーんにも考えていない。バスでも、カバンはもとより、ぽってりと張り出したお腹や汗べったりの二の腕が人の頭や肩に当たっているのに全然気づかない(平気な)人がすごく多い。どうもペルー人は「触れる」ことに頓着しないようだ。

はぁ。

とりあえず、トイレの中からドアをノックしてそのセニョーラに声を掛けた。でも全然気づく様子がない。コヤツ、自分のことだなんて露とも思っていないのだな。何度か「Por favor(お願い)」を付けて頼んだけど、知らんふりされた。仕方がないから、暗闇の中から叫ぶしかなかった。

「電気付けてよ!」「トイレの電気、付けてよー!!」あー、情けねー。迫力ねー。

何度叫んだだろうか。用事自体は終わっていたのだけど、だんだん腹が立ってきて叫び続けてしまった。やーっと状況を理解して電気を付けてくれたまではいいが、外国人がトイレの中から叫ぶ状況がおかしかったのか、子供と一緒にきゃきゃきゃと笑う声が聞こえた。むっきー!!

出てから「なんでこっちの電気を消したのよ!」と言ったら、「えー、知らないわ~」と。あーあー、そりゃそうだろうな、なーんにも考えてないんだからっ!!

うー、心穏やかに過ごすべき聖金曜日になんたることか。ついさっきまで「ペルーって何か問題があった時は本当に困るけど、そうじゃなかったらすごく暮らしやすいよね~」なんて話を
友達としていたところなのに。

トイレの照明くらいで叫ぶなんて、まだまだ甘いかな。夕食はちゃんとお魚を食べました。神様、どうぞこんなもんでお許し下さい。

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“神様、どうか私に光を” への2件の返信

  1. ありゃーそれはお気の毒
    確かに、何か鈍い人は多いですよね。笑
    でも、今まで電気消されたことはないな。ってか、消したのに謝らないってすごい。
    きゃーそれよりもウチは昨日、お昼に豚の生姜焼きとハムが入ったポテトサラダ、夕飯には旦那のリクエストでカルボナーラとサラミとホウレン草のピザ食べちゃった!!!!

  2. 自分が消したなんて思ってないんだよね。でも笑うこと、ないと思わない?ほんとむかっときた。それにしても、昨日は随分と食べたんだね~。豚の生姜焼き、うーん、魅力的な響き♪まあ週末だし?ちょっとくらい食べ過ぎてもよしとしましょう♪

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