オキナワ発ニッケイを伝える女性

知人のfacebookに、懐かしいある友の笑顔を見た。日本トランスオーシャン航空(JTA)機内誌「コーラルウェイ」2017年11月12日号に掲載された記事だ。友達の名は、仲宗根ゆうこ。沖縄県北中城(きたなかぐすく)村生まれ・コザ育ちのウチナーンチュである。

ゆうこさんがペルーへ来たのは2010年4月。日系一世である彼女の祖父母がどんな人だったのか、従兄弟たちはどんな暮らしをしているのかを知りたかったのだ。3か月ほどの滞在予定が食いしん坊のペルー人に魅了され、そのままリマの親戚宅に居候。亡き紀郎さんのアシスタントを務めるなど、ペルー料理の世界にはまっていった。

半同業ということもあり、ゆうこさんとはすぐ友達になれた。でも意見の相違もあった。歯に衣着せぬゆうこさんの物言いは心地よくもあり、厳しくもある。テレビ制作の企画畑を歩んできたゆうこさんに「こんなテーマで書けないかなぁ」と話したら、「うーん、それって読みたい人、いる?」とぐさりと言われたことも。もちろん私も意見したことはある。それもズバリと。でも本音で話せる存在は何よりも貴重だ。彼女が諸事情で本帰国した時は、本当に寂しかった。

そのゆうこさんが、別の形でリマに戻ってきた。それが「オキナワ・ラティーナ」だ。ペルー出身のラテンロックバンド、“ディアマンテス”のボーカル日系3世アルベルト城間の発案で始まった、沖縄とラテンを音楽で結ぶプロジェクト。ゆうこさんはプロデューサーとして、その手腕を発揮している。

今年2月にオキナワ・ラティーナ初の海外公演となるペルーライブがリマで行われ、アルベルトたちと一緒に来秘したゆうこさんに再会した。(紀郎さんが亡くなった後にも一瞬会えたけど、仕事の話をする雰囲気ではなし)

ゆうこさんはますますパワーアップしていた。前々からパワフルな人だったけれど、それに輪をかけた感じだ。なんだろう、このオーラは?ゆうこさんと沖縄の関係は分かるとして、なぜ音楽で、なぜニッケイなの?これまでの「ペルー料理探究家」としてのゆうこさんと、「オキナワ・ラティーナのプロデューサー」としてのゆうこさんが私の中でうまく重ならず、何となくもやもやしていた。

そのもやもやが、コーラルウェイの記事ですぅーっと晴れたのだ。ああそうか、そういうことだったのか。ペルーのニッケイ社会を伝えるには、ゆうこさんのような人物が絶対必要だ。ということで、1人でも多くの人に彼女とオキナワ・ラティーナのことを知ってもらうためにここに記している。

2000年に結成した沖縄発の人気バンド、HYの面々とともに、ゆうこさんもまた来年2月に来秘予定。ただスケジュールがぎっしり詰まっているらしく、会えるかどうかは分からない。でも今はネットで簡単に繋がれる時代、彼女の「Nikkei」を伝える活動もいつだって見ることができるだろう。

日系社会の内側からニッケイを発信しようとするゆうこさんと、ペルーに暮らす一日本人としてペルーのニッケイ社会を眺める私。またゆっくり飲みながら、あれこれ語り合える日が来るといいな。ふふ、いろんな意味で酒豪のゆうこさんに軍配があがりそうだけどね。

コーラルウェイ「この人の沖縄力/ニッケイのパワーをオキナワから発信する」、ぜひご一読ください!

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