リマ・バス物語 本物か偽物か

ちょうど私がコンビに乗った時、優先座席には50ソレス札を握ったまま途方に暮れるばーちゃんが座っていた。私は2列目のばーちゃんの斜め後ろに着席。バスはそのまま走り出した。

どうやら、ばーちゃんは自分のバス代を50ソレス札で払いたいのだが、コブラドールが受け取りを拒否している、という状況だったらしい。50ソレス札・・・確かに嫌がられるわな。

「ばーさん、そんな大金、両替できねーよ」「小銭がないなら、そこのgrifo(ガソリンスタンド)で両替してきな」コブラドールが声を荒げる。日本だったら「私が崩せますよ」と、自分の小額紙幣と交換してくれる人もいるだろう。もしくは、本人が渋々ながらもバスを降り、どこかで無理やり崩して次のバスに乗るかもしれない。

でもここは偽札天国ペルー。他人の高額紙幣をほいほいと両替する人などまずいない。また「何とかして小銭を作らなきゃ」とバスを降りる謙虚な人もいない。このばーちゃんでさえ、「バス代払え~」というコブラドールの声などどこ吹く風。件の札を握りしめたまま、地蔵のごとく微動だにしない。何か問題があっても可能な限りバスに居座り乗り続け、少しでも前に進む。それがペルー流バスの利用法なのだ。

そんな中で、突然神さまが降臨した。私の横に座っていたセニョーラが、ばーちゃんのバス代を肩代わりしたのだ。2.5ソレス、バス代としては高額だ。車内には「おー!」という驚嘆の声が響いた。「だって年寄りなんだし、grifoに行くったって無理でしょう・・・」こんな荒んだ世界にも、救いの神はいるのです。

さて当のばーちゃんはと言うと。一瞬驚いた顔をして、後ろを振り返ったが、ぺこりと頭を下げるだけで前を向いてしまった。日本人のように「いやー、申し訳ないですねぇ、本当にすみません、いやいや、感謝しています。ありがとうございます」とかはない。む・・・ペルー。

しばらくの後。今度はばーちゃんが突然動いた。後ろを振り返り、さっきのセニョーラに2.5ソレスを返したのだ。なーんだ、ばーちゃん、ちゃんと小銭持ってるじゃない!なんでさっさと払わなかったの?

「そのお婆さんは、よほどお札を崩したかったんだろうね」と思う優しい人もいるだろう。でも私の頭をよぎったのは、「あれは偽札だったんじゃない?」。へへへ、荒んでいるのは私の心です。でもこういう「小銭がないから」みたいな時に差しだされる高額紙幣が、一番危ないのよね。私が騙された時も・・・うきー!偽札なんてクソくらえー!せっかく忘れていたのに、コンビの中であの口惜しさを思い出してしまった。ばーちゃん、疑ってごめんね。それでも私は、両替は勘弁。