ペルー バス物語 ミクロ編

インフルエンザの後、3週間ぶりにバスに乗った。座席数20席ほどの、ミクロと呼ばれる中型バス。二人席には「The お母ちゃん」みたいなペルー人おばちゃんが4人で陣取り、そのほかの席には男性が数人座っていた。私は右側後方の一人用席にいた。

ある日、コンビの中であるバス停に停車した時のこと。背が低く、たいそう肥えた男性がコブラドーラ(女性もぎり)に「○○に行くか」と尋ね、乗ってきた。彼は空いていた一番前の優先座席に転がり込むようにして座った。動きが緩慢だし、しゃべり方も少しもごもごしてる。私は「小人病なのかな、大変だな」なんて思いながらその姿を眺めていた。

バスが走り出してほんの数秒経ったか経たないかの頃、車内に異様な臭いが漂ってきた。最初は「誰かオナラしたな、まったく」くらいに思ったが、そんな生半可なモノでない。

最初に声を発したのは、おばちゃん4人衆だった。「ちょっと、何、これ?」「何なのよ、すごく臭いわ!」しばらく騒いでいたが、その原因がさっき乗ってきた小さな男性だと分かると、コブラドーラに向かって、彼に聞こえるように文句を言い始めた。

「ちょっとこの人、どうなってるのよ!」「我慢できないわ、彼を下ろして!」窓から身を乗り出して客引きをしていたため、車内の異変にすぐ気が付かなかったコブラドーラだが、おばちゃんたちの声につられて車内に顔を向けた途端一瞬黙り込み、その小さな男性にバスから降りるよう促した。

「でもぉ~ ○○までなんだよぉ~ もうちょっとだけだよぉ~」小さな男性の声は小さく、とても弱々しい。身体的にも経済的にも、色んな意味での社会的弱者であることは一目瞭然だ。弱者ではあるが、彼の放つ臭いはある意味凶器だった。

すぐに下りない男性に対し、容赦ない罵声を浴びせ続けるおばちゃんたち。そのきつい言葉に堪りかねたのか、男性乗客の一人が「でも○○までって言ってるじゃないか、そんなに遠くないから」と擁護したが、そうこうしているうちに窓を開けても何ともならないくらいに臭くなり、その乗客もついに黙ってしまった。

実際のところ、ひどかった。車内が「う○ち」の臭いで充満していたのだ。次の停留所で乗ってきたお客さんたちが、すぐに降りてしまうほど。どうやったらこんな悪臭の素を身につけていられるのだろう。

運転手がバスを止め、コブラドーラがセレナスゴ(区の警備員)を呼んできた。小さな男性は怯えながら「あともう少しだよぉ~」とつぶやき続けていた。セレナスゴ二人に強制的に引っ張り出された彼は、「もう少しぃ~」と言いながら、よたよたとバスを降りていった。

彼が降りた後も車内には臭気がこもり続けたため、コブラドーラは自分の安物コロンを車内中に撒き始めた。「どうせならその席にもコロンをかけなさいよ」と誰かがいい、コブラドーラはご丁寧にも座席と足下にまでコロンを撒いた。

その様子が面白かったのか車内には笑いが溢れ、妙な連帯感に包まれた。俄かに同志となった隣人と、楽しくおしゃべりを始めるおばちゃんたち。他の乗客もさっきの一件などまるでなかったかのように、電話を始めたりしていた。

文句をいう時のペルー人の容赦のなさ、問題があっても、終わったらすべてをコロッと忘れられるところ、こういうのを見ると「ああ、ペルーだな」と思う。たぶんあの小さな男性も、何度もバスに乗っては降ろされしながら、最終的に目的地に辿り着いてしまうのだ(しかも結果的に無賃で)。

「公共の利益と個人の人権、どっちが優先なんだろう」なんて悩むのは私だけで、誰もが日常の一コマとしてさらりと流して忘れてしまう。

3週間ぶりのバスは、やっぱりペルーらしさ満載だった。

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