ワラス旅行 ユンガイ・地震で消えた町

Campo Santo Yungay (ユンガイ慰霊公園)
ペルー時間 1970年5月31日15時23分31秒。M7.8のアンカシュ地震が起こった。死者・行方不明者は、この地域全体で約7万人。その中でもこのユンガイは、もっとも悲惨な被害を受けた。

ペルー最高峰ワスカランの麓にあったこの町。地震でワスカラン北峰の氷河が大崩落、1千5百万立米の土砂と雪が、時速300kmで襲ってきた。これがどれくらいの早さだったのか私は専門家じゃないから分からないけど、ある本によると、地震から約3分でこれだけの土砂がユンガイを襲ったとか。・・・逃げ切れるわけがない。

メインゲートからの景色。 霊峰ワスカランが町を見下ろす。この右側にガソリンタンクが埋もれてる。アルゼンチンやロシアなど世界各国がユンガイの復興支援にあたった。その記念碑の前で、地元の女の子(お小遣い稼ぎね/笑)がすごく頑張って解説してたんだけど、お経みたいにだらだら話すからとっーても聞き取りにくかった(涙)

Omnibus (オムニバス) 当時の惨事を伝える 貴重な遺物。実はこれ、バス1台じゃなく、アンカシュ急行のバス、パブロ・バスケス氏所有のMACH社製トラック、それにフォルクスワーゲンの計3台がグチャグチャになってるんだとか。どれがバスでどれがトラックかなんてぜんぜん判別つきません。「当時はまだこの当たりには、フォルクスワーゲンはなかった。だから他所の人が巻き込まれたのだろう。」と、ガイドさん。気の毒に。 南無。

旧ユンガイ広場
町の中心、アルマス広場だった場所。犠牲者への追悼の意を表して、色とりどりのバラが植えられてる。

夕暮れになり、ワスカランもピンク色に染まっていく。

strong>Jr.28 de Octubre (10月28日通り)
あと、博物館や市営園芸店、クイ農場があったらしい。でも到着したのがすでに夕方5時過ぎ、辺りはどんどん暗くなっていく。結局その辺は端折って、どんどん前へ進む、進む(苦笑)

セメンテリオ(墓地)
ここユンガイの犠牲者だけでも約2万人。そのほんの一部がここに埋葬されている。ほとんどの人は 今も地面の下に埋もれたまま。

自然災害とはいえ、もう二度とこんな悲しい事が起こりませんように。

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